アーティスト 田村 大(後編)
- Sketch Creators Vol.4
「絵は自分にとって最強の武器」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作の背景を言葉と写真で写しとっていきます。

第4回目にご登場いただくのは、Instagramのフォロワーを10万人以上抱えるアーティストの田村大さんです。カリカチュア世界大会での総合優勝やNBAとの仕事など、次々に夢を実現する田村さんは、どんなときも並々ならぬ努力を重ねてきました。幼い頃から描いてきた絵は、現在の田村さんにとってどのようなものとなっているのでしょうか。独立直前から活躍の場を広げた現在にいたるまでのエピソードとともにお伺いしていきます。

『スパイダーマン』や『X-MEN』など数々の人気コミックの原作を手がけたスタン・リーへの追悼作品。

カリカチュアの世界大会で総合優勝を果たす

2016年、3回目の出場となった似顔絵の世界大会「カリカチュア世界大会2016(ISCA 2016)」で総合優勝を獲得。先ほどのお話(前編)にもありましたが、優勝へ向けて分析と努力を重ねられたそうですね。

「3回目の出場で優勝する」と決めていたんです。それが勤めていたカリカチュア・ジャパンの先輩の最短実績だったので、自分もそれでいこうと。大会への出場権をかけた社内選抜を経て、1回目(2013年)が総合10位、2回目(2015年)が総合4位、「2015年よりいい作品が描けたら、2016年は絶対にベスト3に入るはずだ」という手応えがありました。それで2015年の大会直後から、1年間徹底的に準備を行うことにしたんです。

まず過去の大会を調べ、優勝作品の傾向などを分析しました。そして大会で描くこととなる欧米人を描く練習をしたんです。似顔絵店の仕事で多いときは1日に60人以上を描いていましたが、ほとんどが日本人。欧米人とアジア人は骨格が違うので、「日本人から見たら高い鼻も、欧米人の中では低い方」といった人種ならではのニュアンスを表現するには、とにかく練習するしかありません。

着用されているTシャツは、田村さんが代表を務めるDT合同会社のロゴを刺繍したオリジナル。

骨や筋肉を誇張させて描くのがカリカチュアです。カリカチュア・ジャパン入社後、3年目で世界大会に出場することを目標にしていたので、人間の骨格や筋肉は勉強していました。その過程でカリカチュアを描くために必要なのは、センスではないと気づいたんです。大事なのは、自分の絵を客観的に見極める「目」と、骨格や筋肉に関する知識を詰め込んだ「脳」と、思い通りの絵が描ける「手」。この3つを伸ばすため、ひたすら描きつづけていました。

目標に向かって、いまやるべきことを考える

その努力が現在のご活躍につながっているのですね。カリカチュアの世界大会で総合優勝されたことで、ご自身の意識や周囲の反応などに変化はありましたか?

何も変わらないことが分かりました。世界一になったとしても、カリカチュアというごく一部の業界内での話。この業界に居続ければ「すごいね」と言われますが、それだけなんです。僕はもっと先に行きたかった。だから2018年1月に独立したんです。

独立して最初に設定した目標は「NBAと契約をすること」。名もなき絵描きのままでは、日本で誰にも相手にされないと思ったんですね。日本の企業と仕事をするには、「何者であるか」が重要になります。その反面、アメリカは作品の良し悪しで評価してくれるので、「NBAと仕事をしている田村大」になろうと考えました。

「表現したい絵があった」というより、「目標を実現できる絵を描く」というスタンスです。これは桑沢デザイン研究所時代に学んだことでもあって、絵は伝えるための手段なんですよ。僕にとっての最優先事項は「絵で生きていくこと」。それができなければ、仕事の合間に絵を描く暮らしをすることになってしまいます。

田村さんのInstagram(@dai.tamura)ではこれまで描いた数多くの作品を公開しています。
仕事の合間に絵を描く生活は、桑沢デザイン研究所への進学、カリカチュアの世界へ入られるタイミングで「避けたい」と感じられた生き方でしたね。2021年6月現在で田村さんのInstagramのフォロワーは約10万8000人とものすごい数ですが、個人アカウントを開設されたのは2016年の11月。まだ独立される前でした。

世界大会での優勝を経て、世界に発信できるツールを使わない手はないと考えたんです。「インスタ映え」という言葉が登場する1年ほど前のことでしたが、フォロワー数が戦闘力になる時代の予感はしていました。

僕がInstagramを始めた頃、知名度のあるカリカチュアのアーティストでさえ、フォロワーは2万人。一方、NBA公式アカウントのフォロワーは約3000万人。だとしたらバスケットファンを取り込もうと、バスケットの絵に特化して投稿をするようにしたんです。マルマンさんのB6サイズの「図案スケッチブック」に描き、Instagramに毎日ポスト。NBAの試合で活躍した選手がいたら、寝る直前であってもすぐさまペンを取り、絵をアップしていました。行動に移すのが早ければ早いほど、絵がバズりやすい。僕にとって選手の活躍はチャンスのタイミングだったんです。

「『図案スケッチブック』はインクの吸い込みがいいので、自分が使用している水性マーカーでグラデーションが表現できるんです」と田村さん。

そこからバスケットファンとカリカチュアファン両方の方々がフォローしてくれるようになりました。元NBA選手のシャキール・オニールやミュージシャンのクリス・ブラウンなど、被写体として描いた方が僕の絵をシェアしてくれると、一気にフォロワーが増えましたね。

「喜んでほしい」という気持ちが何より大切

「NBAと仕事をする」という目標はどのようなプロセスで実現されたのですか?

NBAに関わる企業と接点をもてば、結果的にNBAと仕事ができるのではないかと考えました。2017年に楽天さんがNBAと放映権などの独占契約を結んでいたので、「三木谷浩史会長とつながろう」と思ったんです。それで三木谷会長のお誕生日に、アダム・シルバーNBAコミッショナーとのツーショットの絵を描いてポストしたんですね。バスケット業界を盛り上げようとされている三木谷会長には、ひとりのバスケットファンとして感謝していましたし、「喜んでくださったらいいな」という気持ちを込めて。

そうしたら三木谷会長が僕をフォローしてくれ、自分の思いを込めたダイレクトメッセージをお送りしたら、すぐにNBAの担当部署につないでくださったんです。そこから楽天ないしNBAとの仕事がスタートしました。お会いしたことはありませんが、三木谷さんは僕にとって大切な恩人の一人です。「NBAと仕事をする」という目標を叶えたことで、「世界一アスリートをカッコよく描くアーティストになる」と次の目標を立て、現在はあらゆるスポーツの絵を描くようになりました。

モノクロで描かれた作品も素敵です。
NBA選手のみならず、プロ野球選手やテニスプレイヤーなどさまざまなアスリートを描かれていますが、絵を描くうえでどのようなことを大切にされていますか?

ご本人が喜んでくれること。それだけです。はじめから大勢に伝えようとすると絵に込めたメッセージが弱まってしまいますが、対象が具体的なほど伝えたい思いは強くなる。そして結果的に多くの感動を生むのだと思うんです。

NBAワシントン・ウィザーズに所属する八村塁選手、MLBニューヨーク・ヤンキース時代の田中将大選手、プロテニスプレイヤーの錦織圭選手といった、世界を舞台に活躍する日本人アスリートたち。田村さんの個性が光る、躍動感溢れる表現です。

経験によって導かれたオリジナリティ

田村さんの画風についてお聞かせください。

僕の絵はアメリカ人からすると「ジャパニーズ マンガ スタイル」だと感じるそうなんです。反対に日本人には「アメコミ スタイル」と映るようで。それはなぜかなと考えると、小学生の頃に模写をしていた日本の少年漫画の要素と、7年間打ち込んできたカリカチュアの要素がミックスされ、この2つの見え方をする絵が知らず知らずのうちに僕のオリジナリティになっていたんですね。

具体的にいうと、人間の骨格や筋肉を意識したことで生まれる立体感は、カリカチュアを勉強したからこそできる表現です。そこに少年漫画ならではの躍動感が融合され、漫画特有の効果線や集中線などの表現が加わっているイメージですね。

ボクシング元世界王者のフロイド・メイウェザー・ジュニアと人気YouTuberでプロボクサーのローガン・ポール。二人の間にある火花のようなヒビ割れた背景の描写は、まさに漫画的な表現です。
手描きとデジタル、どちらで作品を制作されることが多いですか?

ほとんど手描きですね。ビジネス的な話になってしまうのですが、手描きだと原画に価値をつけられます。作品にある程度の金額が付かないと、絵で食べていくことは難しい。それに僕は、絵って一種のタイムカプセルだと思うんです。たとえばフランス・パリのルーヴル美術館で『モナ・リザ』を目にしたとき、「この絵の前にレオナルド・ダ・ヴィンチが、数ヶ月ないし何年も座っていたんだ」と想像すると、絵を通じてダ・ヴィンチと対話できる気がしてきませんか? これはまさに原画だからこそ得られる魅力です。

とはいえデジタルに否定的なわけでもなく、依頼内容によってはデジタルで制作する場合もあるんですよ。僕はあくまで目的によってツールを選択しているだけ。カリカチュアの世界大会で感じたのは、「どの画材を使おう」とか「どういう誇張をしよう」といったことに意識を向けているアーティストが多かったんですね。でも僕は「表現したいテーマによって、画材や誇張も変わるよね」と考えます。重厚感のある表現がしたいなら深い色味を出せる画材を選ぶし、ハッピーで可愛い絵を描きたいならデジタルで鮮やかな色を使えばいい。本人が伝えたいことをきちんと伝えられる絵が“いい絵”。もしそこに差が生じるのなら、本人の技術が追いついていないだけなんだと思います。

福岡ソフトバンクホークスの2020年リーグ優勝記念のために描きおろしたイラストアート。Tシャツやタオルなどさまざまなオフィシャルグッズに使用されました。

夢を叶えるために、絵を描く

近年はアートの分野に注力されているそうですね。

「イラスト」というと、どうしても脇役の印象が強いんですね。コンセプトやテーマを伝えるためのものではあるけれど、僕の絵はメインで在りたい。「アーティスト」と名乗った方が、「田村 大が描いた絵」として扱ってもらいやすいと感じたんです。それにイラストには肖像権や利権関係が発生しますが、アートにはそういった兼ね合いがありません。今後はアーティストとして動物や自然物をモチーフに、作品の幅を広げていこうと考えています。

イラストはデザインの要素が強く、求められた世界観を僕が再現する感覚。逆にアートは自分の世界観に引き込んでいくものとして捉えています。軸足が置かれる世界観が、相手なのか、自分なのか、と住み分けをしているので、制作のスタンスは異るんですよ。イラストもアートも、僕を構成する重要なパーツです。いまはそれぞれの活動の相乗効果をもってして、僕自身の価値を上げている段階ですね。

田村さんにとって、絵を描くこととは?

夢を叶えるための手段。幸いにも好きなことが得意なことだったので、僕にとって絵は最強の武器なんです。

田村さんのYouTubeチャンネル「DT」では、手描きやデジタルで描いた作品が完成するまでの様子を公開しています。

 

《プロフィール》

 

田村 大(たむら・だい)
アーティスト

 

1983年東京都生まれ。似顔絵制作会社に7年間勤務し、約3万人の似顔絵を制作。2016年に似顔絵の世界大会「ISCAカリカチュア世界大会」で総合優勝を果たす。2018年に独立し、絵を通じて企業のマーケティングを支援するDT合同会社を設立。バスケットボール、野球、サッカー、テニスなどさまざまなジャンルで活躍するアスリートの絵を制作し、Instagram(@dai.tamura)のフォロワーは10万人を超える。2019年からは本格的にアーティストとしての活動をスタートした。