歴史を感じる紙の博物館 「Pam」へ(後編)
- 「1万枚のサンプルをつくりました。」 田中一光さんと共同開発のTANT誕生秘話

全2編に渡り、特種東海製紙のものづくりを紐解くインタビュー。前編では世界でも有数の色数を誇るファンシーペーパー ・TANTを製造する特種東海製紙の歴史と技術に迫りました。
本後篇では、TANT誕生から改良を重ねる現在までの変遷について、同社の新規事業推進室・研究開発本部開発第二部長の内藤英也さんから伺いました。


多くの紙好きに愛され、一般家庭にも広く流通しているという同社のベストセラー商品「TANT」は、どのようにして生まれたのでしょうか?


1万枚の試作の上に誕生した「TANT100」シリーズ

1980年代、印刷技術が向上、カラー印刷の普及、グラフィックデザインの隆盛という時代の後押しを受けながら「TANT」シリーズは産声をあげました。紙の表情に特徴を持たせながらも、汎用性のあるスタンダードな紙を生み出したい。その思いを形にしたのが特種東海製紙と、TANTの監修を務めたグラフィックデザイナー田中一光氏。「印刷適性が高くグラフィックとも相性の良い紙」「100色という豊富な色目」を目指し、数年にわたる開発の間に約1万枚もの試作を重ね「TANT100」が生み出されたと、当時の様子を伝え聞く内藤さんは言います。


特種東海製紙 新規事業開発部 研究開発本部第二開発本部長 内藤英也さん
(内藤さん)最初につくったのは「TANT100」というシリーズです。当時、豊富な色目を揃えている商品であっても数十色ほどだったので、色数だけでも相当なインパクトがあったのではないでしょうか。品質の面では紙の表面に表情を持たせるために適度な肌が加えられ、色については大人っぽい落ち着いた色調をベースに繊細な質感と色感を表現しています。開発にあたっては弊社の開発チームが1色につき100枚のサンプル、約1万枚のサンプルを手漉きでつくったそうです。田中先生の求める色を表現するために、当時の開発チームは大変な苦労だったと伺っています。


日本を代表するファンシーペーパー「TANT」の製品名は、イタリア語のtanto(=たくさん)に由来する。マルマンのビジネス向けノートブランド Mnemosyne(※1)の扉紙として採用されているビビッドなイエローも、実はTANTシリーズの「V-59」。
(※1)仕事を創造的にするノートブランドMnemosyne」は、働く人たちの価値観・ワークスタイルに合わせた幅広いラインアップで、『ビジネスノートの「ソノサキ」』を提案しています。この春ブランド15周年を記念し、変化する“働く人の価値”に応えるため新たな商品ラインアップを追加。

印刷適性が高いTANTは書籍のカバー、帯、見返しはもちろん装丁に重宝されてきました。また、白やグレーといったオフカラーの色目が充実していることもあり、ポスターやパッケージなど幅広い用途に対応する紙として、ファンシーペーパーの可能性を広げていく先駆的な役割を果たしてきました。色調豊かなラインアップはTANT最大の魅力であり、現在の開発においても最も力を注いでいる部分だと言います。

(内藤さん)色数を増やしていくとその微妙な色調を作り分ける技術が求められますが、その背景には開発チームと製造現場の高い技術力があります。カラーの豊富さは紙の用途の可能性を広げます。世の中には色々な紙がありますが、TANTを選んでいただければ、まず色に関して困ることはないと思います。TANTほど細かい色調を用意しているファンシーペーパーは他にないため、ありがたいことに業界内では「困った時のTANT」と言っていただいています。こうした嬉しい評価を揺るぎないものにして、業界のカラーの基準となるようなシリーズであり続けたいですね。


白よりも白いTANT「N-9」を生み出す技術力

また、特徴的なのがTANTに与えられた色のネーミング。当時としては他に例のない体系的なカラーシステムを採用し、アルファベットと数字の文字列の組み合わせによって、それぞれの色名が付けられました。海外のファインペーパーに品番に記号を採用したものがあったそうですが、機械的に色を管理するためのものであり、「N=neutral」「V=vivid」のように記号に意味を持たせたものはTANTが初めてのこと。数ある色の中で内藤さんが最も印象深いカラーは「N-9」だとか。

(内藤さん)それまで最も白いとされていたカラーはN-8でした。まじりけのない白であるN-8より更に白い紙を開発し、生まれたのがN-9です。有彩色は染料の調成によって色がつくられますが、白は染料によってつくられるものではありません。ですから紙の種(原材料)であるパルプの品質からこだわって、この白さを表現しています。何でもない紙のように見えますが、純度の高い白を発色させるために多くの努力を重ねてきました。

現在のTANTの中で最も白いという「N-9」。

研究開発本部の部長を務める内藤さんだが、製紙に興味を持ったのは特種東海製紙に入社してからなのだという。レザック66やマーメイドのように広く普及しているファンシーペーパーはありますが、その一つ一つの紙の特徴は特種東海製紙に入社後、開発に関わる中で学んでいったそうだ。

 

(内藤さん)ファンシーペーパーは“ファンが欲しい”からの造語なんです。衛生紙や工業用紙と違って、無くても生活には支障は無いかもしれません。さらに、デジタル技術が普及して紙の役割も変わっていっています。それでも、人々の生活を充実させたいと思ったら紙はすごく重要な役割を担えると思うんです。ただの色紙ではなく、人の心を引き付けるような紙をつくらなければという思いは、いま一層増しています。ファンシーペーパーという名前に込められた精神は、今の時代だからこそ重要なものなんです。

偶然の出会いによってのめり込んでいった紙の開発。その仕事の魅力を伺うと、笑顔を綻ばせながらこう答えてくれました。

(内藤さん)水分の抜け方によって質感が変わり、カットの仕方で表情が変わる。すごく地味なものかもしれませんが、数ミリ、数ミクロンの中に弊社が培ってきた技術とオリジナリティが詰まっているんです。それを形にし、世の中に浸透させていく喜びは他にはないものです。自分でレシピを考えた商品は、やはり“自分が育てた紙”のように愛着が湧きますね。

紙の開発、生産には、多くの開発スタッフが関わっています。そんな特種東海製紙(株)の紙作りを支えていたのは「職人」と同様の、ものづくりへのこだわりでした。先日全200色へのリニューアルが発表されたTANT。田中一光氏が「たくさんの」名に込めた通り、豊富な表情(色数)を持つファンシーペーパーのスタンダードとして、これからも研究と開発の道は続いていきます。