テキスタイルデザイナー 須藤玲子(後編)
- Sketch Creators Vol.7
「テキスタイルデザインで必要なのは、紙に描くこと」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、創作背景を言葉と写真で写しとっていきます。

第7回目にご登場いただくのは、伝統的な技術と最先端テクノロジーを融合させた革新的な布づくりで、世界中から高い評価を受けるテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんです。須藤さんのデザインはいまでも手描きが基本。そのこだわりの秘密や独自のスケッチ術、テキスタイルに込めた思いなどに迫ります。

「真っ白な紙よりも素材の色を感じさせるクリーム色に近い紙の方が好きですね」と須藤さん。

小さなノートからデザインが生まれていく

NUNOのテキスタイルはどのような工程を経て、つくられていくのですか?

NUNOのメンバーは全員がデザインをしますから、私の場合は、ということでお話しますね。いつもバッグに入れている小さなノートが、いまの私のクロッキー帳です。デザインのラフをはじめ、打ち合わせの内容、プロジェクトに関するメモなど、なんでも描いているもの。訪れた土地で目にした風景、自然の造形物、四季折々の草花や野菜、果物、頭に浮かんだモチーフなど、インスピレーションを得たときにスケッチを描いています。スケッチを描く時間は決まっておらず、場所もアトリエや自宅、移動中などさまざまですね。テキスタイルはデザイナーだけでつくれるものではありません。絵を描く私たちテキスタイルデザイナーがいて、原画をデータにしてくれる方がいて、デザインを布で再現するためにトレースしてくれる方がいて、生地を制作してくれる職人さんがいてと、いろいろな人の手が加わることで完成します。私はみんなと一緒に築き上げていくことが、楽しいなと思っています。

須藤さんがいつも持ち歩いている無印良品の文庫本ノート。外出時は小さなマーカーもバッグに入れているそうです。
このノートにはテキスタイルになる前の“デザインの種”が詰まっているのですね。

そうですね。たとえば「豆豆」と名付けたテキスタイルは、「木漏れ日」がアイデアソースとなっています。木々の葉や枝のつき方によって、地面に落ちる光のかたちは変わりますよね。ある日、格子状のフェンスを通した光がひし形や三角形になっているのを見かけ、点と線で布がつくれないかなと考えました。そこから点と線を分解し、織物と染物をミックスさせたいなと思ったのです。「豆豆」をつくっているのは、山形県鶴岡市にある染色工場。織物の縞・格子にプリント柄を重ね合わせる手法で仕上げた手捺染布です。

奥にある布が「豆豆」。ノートに描かれているのは、「豆豆」のもととなるスケッチの数々です。

今日着ているシャツの布「グラナダ」も、縞の織物のうえに刺繍を施していますね。技法をミックスさせることで、プリントとはまた違う表情が生み出せるのです。「グラナダ」はざくろの花がモチーフになっていて、エンブロイダリーレースで仕上げています。

雄しべが詰まったざくろの花を刺繍で表現した「グラナダ」のシャツがとてもお似合いです。

手描きにこだわる理由

須藤さんは色違いのデザイン画まで、すべて手で描かれています。技術の発達により長年“手描き派”だったデザイナーさんやイラストレーターさんでさえ、「コンピュータで描く頻度が高くなった」と耳にする機会が増えてきました。須藤さんはなぜ手を動かしつづけているのでしょうか?

テキスタイルはデザインや色のみならず、テクスチャーでの表現まで考える必要があります。紙の質感は布地に近く、たとえば表はザラザラで裏はツルツルと肌理があります。半透明のカラーインクやマーカーはプリントで使う染料に近い。なので紙のうえに色を重ねることで生まれる表情は、テキスタイルのプリントと似ていると感じます。

須藤さんが普段お使いのマーカーの一部。

マルマンさんの「図案スケッチブック」にペリカンさんの万年筆インクを塗って下地をつくり、割り箸の先に漂白剤を付けて絵を描くこともしています。いろんなメーカーさんのインクを試しましたけど、ペリカンさんのインクは綺麗に色が抜ける感じがしますね。この描き方は1980年代からはじめていて、無地染めの布に薬品で色を抜いてパターンを出す抜染(ばっせん)という技法から着想を得ました。紙で描くことは染めの技法と連動しているのです。抜染ではとても強い薬品を使用するので、NUNOで採用することはない技法なのですが。

開いているのは「図案スケッチブック」に万年筆のインクを塗った下地のページ。須藤さんは意図的に紙の裏面を使用しているそうで、「図案スケッチブックは“画用紙”表面はザラザラで鉛筆や画材が入り込みやすいのですが、裏側はツルツルなので、インクが紙に染み込む時に時間がかかり、乾く時間が筆のストロークの時間のまま残るからです」と説明してくれました。

また、布で立体感を表現したい場合は紙にシワをよせればいいですし、絵柄を布に写す型紙の線はナイフで切ることで仕上がりのイメージに近づけます。やっぱりテキスタイルデザインには、紙がなければダメですね。コンピュータには無限の可能性があるのかもしれませんが、人間の手にはそれ以上の可能性があると思っています。

「一番好きな紙は和紙。和紙は世界が待っている素材だと思います」と須藤さん。

紙に触れることで生まれるデザインもある

須藤さんのスケッチやテキスタイルの原画を拝見していると、紙に絵を描いたり、紙に触れることの面白さにも気付かされます。それは子どもだけでなく、大人にとっても。万年筆のインクを「図案スケッチブック」に塗って、漂白剤で絵を描くことなどは、さっそく試してみたくなりました。絵が苦手な方でも楽しめそうですね。

ぜひやってみてください。すっごく楽しいですよ。紙の全面にインクをのせたり、筆でたくさんの点を打ったり、刷毛目にしたり、チェックにしたり、霧吹きを使ったりと、下地にも決まりはありません。下地を描くことも、乾くのを待つ時間も、漂白剤で描く時間も面白いのです。最近はイラストや色彩構成は抜群だけどデッサンが苦手な美大生も増えているので、「絵を描きましょう」となると苦しんでしまうのですね。以前、担当していた武蔵野美術大学で私がつくった「表現技法」というテキスタイルデザインの授業でもこれを取り入れていて、「線だけでも、点だけでも描いてごらん」と言うと、「私にも絵が描ける!」って喜んでくれて(笑)。美大でたくさん絵を描かせるのは日本独特の教育システムだと思いますが、絵を描くときはじっくりものを見るでしょう。それが大切なのです。

万年筆インクで描いた四角形に、漂白剤で織物の経糸と緯糸をドローイング。「経糸と緯糸」は原画そのままに織り上げたテキスタイルです。綿の二重織りで優しい風合い。

こちらは色画用紙に墨で筆のタッチを残した矩形を描き、漂白剤をつけた爪楊枝で無造作にドローイングしたのち、その上から全体に蝋、墨、漂白剤でスパッタリング(絵具をつけた目の細かい網をブラシでこすり、絵具のしぶきを紙に飛ばす技法。ここでは蝋、墨、漂白剤が絵具の役割を果たしています)して完成させたというテキスタイルの原画。「漂白剤が色画用紙に作用した白い跡が効果的でした」と須藤さん。

紙を折ったり切ったりしていると、ふとアイデアが湧くこともあります。「ジェリーフィッシュ」と名付けた布はまさにそう。和紙で遊んでいるときに、「こんなシワシワのプリーツのようなことが布でできないかな」と考えたのですね。そうしたら「クラレさんが開発した、熱で約50%収縮するポリビニルアルコールという生地を使ってみたら?」と教えてくださった方がいて。ポリビニルアルコールの性能を活かした布づくりがしてみたいなという思いもあって、素材のサンプルにステッチを入れてオーブンで焼いてみたり試行錯誤を重ねたものの、製品化には技術的にいくつかの課題があったのです。そこでお付き合いの長い滋賀県湖南市の中西染工さんに相談をして、ようやく完成にたどり着きました。端的に言うと、布地の模様を付けたい部分にポリビニルアルコールを貼り、熱処理を施すとポリビニルアルコールが収縮して布地に立体的なシワができるという仕組みです。ポリビニルアルコールはボロボロにはがれ落ちますので、布地には残らないのです。

左にあるのが和紙でつくられた「ジェリーフィッシュ」の原案。右の透き通る布地が「ジェリーフィッシュ」です。

私たちは伝統的な染色技術と現代のテクノロジーを融合させた、独創的な布地をつくりつづけています。しかし「伝統を」とか、「最先端の技術を」とか、あえて強く意識するというより、出会いやご縁が大きいですね。

ラシャ紙にアクリルガッシュをつけた芋版を押し、模様をつくったというテキスタイルの原画。

NUNOのテキスタイルは“ことば”を超えた“ことば”

「ジェリーフィッシュ」は伝統と現代を紡いだNUNOならではのテキスタイルなのですね。日本国内ではいくつくらいの産地とものづくりをされているのですか?

約50の工場や職人さんと一緒に布づくりを行っています。NUNOの布の制作はテキスタイル・プランナーの新井淳一さんの拠点である群馬県桐生からはじまり、現在は山梨、埼玉、山形、新潟、福井、滋賀、京都などさまざまですね。私たちは海外での展示が多いのですが、「布ができあがるまでのプロセスが見える」というお声をよくいただくのです。「これはどうやってつくったのだろう?」、「プリントではなくて織りなんだ」、「どうしてゴムが入っていないのに伸びるのだろう」といった気付きや疑問が湧くのが面白いと。そこから「どういう産地で、どういう人がつくっているのだろう?」といったところまで伝えられたら、私たちのコンセプトを届けることができたのかなと感じています。

作品の展示に加え、映像や音を組みあわせたインスタレーションで話題を呼んだ展覧会「須藤玲子の仕事−NUNOのテキスタイルができるまで」。2019年に香港のアートセンターCHATで開催されました。
© CHAT (Centre for Heritage, Arts and Textile), Hong Kong

コンセプトとは、ひとつは新井さんから受け継いだ「つくる人から使う人へ」という思い。そして「NUNOのテキスタイルは“ことば”を超えた“ことば”である」という思いです。人の肌に直接触れる布は、「時代の息吹」や「新しい感性のぬくもり」、「未来を感じる肌触り」など豊かな情報を伝えていく。そんな風にいろいろなことを発見してもらえる布づくりを目指しています。

2021年にイギリスのジャパン・ハウス ロンドンで開催された展覧会「MAKING NUNO Japanese Textile Innovation from Sudō Reiko 須藤玲子:NUNOの布づくり」では、須藤さんの作品と創作プロセスに迫る展示が行われました。
© Japan House London. Photo by Jeremie Souteyrat
テキスタイルデザイナーとして、須藤さんが布を通じて表現されたいことをお聞かせください。

テキスタイルって、言ってしまえば素材でしかないのです。1枚の布だけだと、「どうやって使うの?」となりますね。だけどそれが第一歩。かつて私たち人間は自分の衣服は自分でつくっていたわけです。自らの身体を守るための布をつくる、あるいは探す潜在的な能力が備わっていました。そのような気持ちがフツフツと湧いてくる布がつくりたいですね。生地を見て、生地に触れて、「この布で何かをつくりたいな」と思い描いてもらえるような布を。

2021年11月9日に須藤さんの作品集『Nuno:Visionary Japanese Textiles 』(Thames & Hudson社)が発行されます。

 

《プロフィール》

 

須藤玲子(すどう・れいこ)
テキスタイルデザイナー

 

茨城県石岡市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加し、現在は取締役デザインディレクター。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。株式会社良品計画アドバイザリーボード。東京造形大学名誉教授。2008年より良品計画のファブリック企画開発、鶴岡織物工業協同組合、2009年より株式会社アズ、2015年よりドイツの傘メーカーKnirpsのテキスタイルデザインに携わる。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりを行う。作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ビクトリア&アルバート美術館、東京国立近代美術館等に永久保存されている。代表作にマンダリンオリエンタル東京、東京アメリカンクラブ、大分県立美術館のアトリウム他のテキスタイルデザインがある。毎日デザイン賞、ロスコー賞、JID部門賞等受賞。