描くことで、夢へと近づくことができた。
-レタリングアーティスト 井澤卓さん-

2014年、高校時代からの友人で当時設計会社で働いていた土堤内祐介(どてうちゆうすけ)さんと共に、チョークレタリング(※1)ユニット「Paint & Supply」を結成し、店舗や商業施設、イベントなど、国内外問わず空間を彩るアートを手掛けている、井澤卓さん。

本インタビューでは、井澤さんがチョークレタリングをはじめたきっかけから現在までと、今後の活動について、ご自身のアートで彩られた自宅兼オフィスのお写真とともにご紹介します。

(※1) 2010年代前半からNYなど海外を中心に広まった、チョークを使ったハンドレタリングの技法


「誰もが知っている表現だからこそ驚きがある」空間を彩るレタリングアートの魅力

井澤さんは、どんな活動を行っているんですか?

僕個人では書体をモチーフにしたレタリングアーティストとして活動しながら、高校時代からの友人である土堤内と「Paint & Supply」というチョークレタリングユニットを組んでいます。こちらは1本のチョークでイラストを描き、空間や普段の生活にちょっとした彩りを加えることを目指したユニットです。施設やレストランのインテリア、イベント会場など様々な空間で描かせてもらっています。

レタリングアートの魅力について、教えてください。

デジタル表現が主流の時代だからこそ、ハンドクラフトならではの温度感、質感を大事にしてますね。黒板とチョークって誰でも触ったことがあるじゃないですか。みんなが知っている素材を使って格好いいデザインをつくれたらおもしろいかなって。モチーフになっている「文字」というものも、人々の日常に溶け込んだ親しみやすいものです。抽象的なアートとは違って空間にも馴染みやすいところも魅力だなと。

イラスト作品の制作やデザイン作業は手描きで行っているのですか?

最近は半々という感じですね。紙にペンで描くほうがやりやすいんですけど、デジタルの方がやりとりは早い。なのでお客さんによっては、iPadでデザインを描いたりもします。ただ、ペン画ならではの自然なかすれとか、やっぱり紙でしか出せない質感もあるので、手描きも大切にしています。

最近はチョークアートだけでなく「ブラッシュレタリング」というスタイルにも挑戦しているんですが、これは基本的にブラシペンでノートに描き込んでいますね。表現がシンプルな分、空間にマッチしやすいんですよね。カリグラファーの中には文具マニアの方も多いですし、ペンやノートを複数使い分けるのが多数派だと思いますが、僕は基本的に同じものを愛用しています。このノートも、相方の土堤内が使っていたものを真似て、使い続けています。

シンプルな線が魅力の「ブラッシュレタリング」。ペンやノートなど、同じ道具を使い続けることが多いという。

そもそも井澤さんが今の活動をはじめたきっかけはなんだったのでしょうか?

きっかけは、ニューヨークのACE HOTELに描かれていたチョークアートに影響を受けたことですね。引っ越し先の内装を考えている時、たまたまその内装の写真を見かけて、かっこいいなと思って。それでインテリアの設計をやっていた土堤内に描いてもらったら、上手く描けちゃったんですよ。「これ、格好いいんじゃない?いつか雑誌とかにも取り上げられるかも?」と盛り上がり、二人でPaint & Supplyとしての活動を始めました(笑)。描き始めたら本当に楽しくって、すぐのめり込んでいきましたね。

 

元々それを仕事にしたいと思っていたわけではないんですね。

僕は本業も全然違う分野でしたし、描くことに本格的に取り組んだのはその時が初めてでした。相方の土堤内は高校の同級生なんですけど、将来は空間プロデュースをやってみたいねと、以前から話をしていたんです。目標はあるけど、具体的な行動に移せていない…そんな時期にレタリングアートに出会ったんです。

また僕は、人が心地よく過ごせる空間には、必ず手作業でつくられた作品があるべきだと思っているんです。レタリングアートはどんな空間にも馴染みやすいし、これはぴったりだなと。空間の仕事が大前提で始めたので、僕自身はアーティストとして生きていきたいとは思っていないんです。

 

いい空間を作るための手段であって、目標ではないと。

自分を会社に例えるなら、複数ある事業のうちの一つというイメージです。もちろん柱の事業ではあるのですがあくまで空間のための表現というか。今後は本格的に自分の空間作りの活動に力を入れていきたいと思っていて、この春には池尻大橋にバーと酒場の中間のような飲食店「LOBBY」をオープンさせる予定です。

僕はデザイナーだし、飲食のプロではない。でも、デザイナーだからこそつくれるお店もあると思ってるんです。例えば、素敵なラベルを入り口に新しいお酒と出会えたり、併設のギャラリースペースで展示をしたり、視覚を通じて楽しめるお店になる予定です。五感でときめきを得られて、そこを訪れた人の感度が上がるような空間を目指しています。

 

「仕事は楽しんで良いものなんだと思えた。それが一番の変化ですね」

アーティストとして独立し、「描く」ことが仕事になったことでどんな変化がありましたか?

一番大きかったのは、自分が楽しいものを仕事にすることができるんだって思えたこと。そして、今まさにそれを実現できていることですね。それこそ、本気の部活みたいな感覚なんですよ。

毎年仕事をさせていただいている「Greenroom Festival」という音楽フェスがあるのですが、その仕事では友人に協力してもらい、みんなで大きな作品を創り上げているんです。子どものころを思い出したみたいで楽しいって話しながら、尊敬できる仲間と一緒にものづくりをしていけるというのは幸せですよね。もう、本番の1ヶ月前から楽しみなぐらいで(笑)。

 

描くことを通じて人と一緒に空間を作り上げていくのが楽しいんですね。

一人で描くよりも、絵を通じて誰かとコミュニケーションする方が楽しいですね。それこそ、絵を描くことの価値ってアウトプットだけじゃなくてプロセスにもあると思うんです。オフィスの内装/インテリアのお仕事も多いんですが、クライアント企業さんのビジョンやミッションなどをアートワーク化する過程で、スタッフの方にも一緒に描いていただいたりもしています。そうすることで、楽しさを感じてもらうのはもちろん、参加した方々自身が当事者意識を感じることができたり、会社のビジョンやミッションを自分の言葉で言えるようになったりと、描くことを通じて生まれるポジティブな効果も感じることができています。

誰かと創り上げる過程や、作品が置かれた空間を通じて人との出会いを生み出すことができる。それがレタリングアーティストとして活動する上のモチベーションですし、これからもそうした場をつくっていきたいですね。

 



《プロフィール》

井澤卓
レタリングアーティスト / クリエイティブディレクター
1987年生まれ、千葉県出身。

ヤフー株式会社在籍時代の2014年、高校時代の同級生だった土堤内祐介(どてうちゆうすけ)さんと共にチョークレタリングユニット「Paint&Supply」を結成。その後Googleを経て2018年に独立。1本のチョークとデザインで、空間や普段の生活にちょっとした彩りを加えることを目指し、企業オフィスや商業施設、イベントなど様々な空間を舞台に、チョークアートの提供を中心に活動している。また、レタリングアーティストの小泉遼(GREENANDBLACKSMITH)と共に、壁画チーム 「RELISH」名義での活動も行なっている。
この春には、以前からの目標であった自身の店舗(「LOBBY」)を池尻大橋にオープンさせる予定。
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